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香港画
高まる緊張 飛び交う怒号 振り下ろされる警棒
その血は何のために流されたのか      
「逃亡犯条例改正案」をきっかけに2019年6月よりエスカレートしていった香港民主化デモ。デモ隊と警察の激しい衝突の様子は日本でも日々報じられていたが、デモに参加した若者たちの声や訴えは日本にいるわたしたちにどれだけ届いたのだろうか。香港の若者たちはなぜ、何のために闘うのか。翻って私たちは彼らの声にどのように向き合うのか、応えるのか。観るものを圧倒し「あなたは闘っているのか?」と問われざるを得ない衝撃作、勇気をもって対峙せよ。
激しさを増していく香港民主化デモに飛び込み、若者たちの姿を克明に記録した日本人がいた。
28分間に凝縮された胸引き裂かれる短編ドキュメンタリーが異例の緊急公開決定!
2019年10月。たまたま仕事で滞在していた香港でデモ隊と遭遇した堀井威久麿監督は、デモに参加している人々の若さに驚き、彼らが何を考え、何を発信しているのかを知るために記録し始める。若者たちの声を聞き歩きながら、デモ隊と警察が衝突する中でも撮影を敢行。彼らと同じように催涙ガス、ペッパースプレーを浴びながら製作を進め、28分のドキュメンタリー映画としてまとめ上げた本作は、お披露目となった門真国際映画祭2020でドキュメンタリー部門・最優秀賞を受賞。映画祭のオンライン上映では、地元・香港からもたくさんの人々に視聴され、現地新聞でも大きく取り上げられ注目を集めている。
2019年の香港民主化デモと、その前後の動き
2019年2月、香港政府による「逃亡犯条例改正案」をきっかけに、民主化五大要求(「逃亡犯条例改正案の完全撤回」「普通選挙の実現」「独立調査委員会の設置」「逮捕されたデモ参加者の逮捕取り下げ」「民主化デモを暴動とした認定の取り消し」)を求める大規模デモに発展。徐々にデモ隊と機動隊との衝突が激化していった。2020年6月、中国政府によって「香港国家安全維持法」が成立・施行。それにより言論、報道の自由と三権分立が崩壊。デモに対する弾圧は苛烈さを極め、香港の一国二制度は危機的状況にある。
1997年7月
香港がイギリスから中華人民共和国に返還される。中国は「1国2制度」を将来50年(2047年まで)にわたって約束。
2003年
SARSが香港で大流行。観光客は激減、香港経済は大打撃を受けた。
2003年7月
国家安全条例に反対する50万人デモが行わる。政府は同年9月に撤回。
2012年7月
中国国民としての愛国心を育成する「国民教育」の義務化に抗議する大規模デモが行われ9万人が参加。政府は同年9月に撤回。
2014年3月
台湾でひまわり学生運動が起きる。
2014年9月~
香港で雨傘革命が起きる。約120万人が参加して座り込みデモを展開。最終的には香港警察が強制排除し、開始から79日目にデモは鎮圧された。
2015年10月
中国政府に批判的な香港の専門書店の関係者が次々と失踪。8カ月後、行方不明になった関係者は中国当局によって拘束されていたことが判明。
2016年2月
旺角(モンコック)で警察による露店の取り締まりに対して香港本土派と警察が衝突。「光復香港 時代革命」というスローガン生まれる。
2017年7月
林鄭 月娥(キャリー・ラム)が香港行政長官に就任。
2019年2月
香港政府は逃亡犯条例および刑事相互法的援助条例の改正案提出を発表。以降、大規模な反対運動が香港全土で巻き起こる。
2019年6月9日
103万人の香港市民による「反送中(逃亡犯条例反対)」デモ行進。
2019年6月16日
逃亡犯条例反対と投身自殺で死亡した男性の追悼を目的とした香港市民200万人+1人(自殺した男性も含めた)の大規模デモ。
2019年7月1日
立法会にデモ隊が突入。
2019年7月21日
元郎(ユンロン)駅で帰宅途中のデモ隊と市民が白シャツを着たヤクザ集団に襲撃される。警察は静観し多数の負傷者が出た。通称721事件。
2019年8月5日
香港全域で大規模ストライキが行われ、交通機関が麻痺。
2019年8月11日
地下鉄葵芳(きほう)駅で警察が駅構内で催涙弾を乱発。ボランティア救急隊員の女性が右目をビーンバック弾で撃たれ、片目を失明。
2019年8月31日
170万人の大規模デモ集会。同日、太子(プリンスエドワード)駅で警察と速龍隊が市民を無差別攻撃。多数の負傷者が出る。通称831事件。
2019年9月2日
新学期が始まるが、200校以上の学校で大規模授業ボイコットが行われる。
2019年9月4日
林鄭 月娥(キャリー・ラム)香港行政長官が立法会10月再開時に逃亡犯条例修正案の撤回を表明。
2019年10月1日
国慶節に合わせた大規模デモが行われ、その最中高校2年生のデモ隊の少年が至近距離から警察に実銃で撃たれ重症を負う。
2019年10月5日
香港政府は緊急条例に基づき覆面禁止令を施行。以降マスクを付けるのが違法になる。
2019年10月20日
九龍半島にて大規模なデモ、警察の放水車が尖沙咀(チムサッチョイ)にあるモスクに放水。同日香港を訪れていた堀井も現場に居合わせる。
2019年10月21日
元朗(ユンロン)・YOHOモールで721事件に抗議するデモ。その後デモ隊は元朗市内へと移動し警察と大規模衝突。
2019年10月25日
堀井、日本に帰国。その後当時旋盤工をしていた前田と香港民主化運動を題材としたドキュメンタリー作品を企画「香港画」がスタート。
2019年11月4日
香港全土で警察とデモ隊の衝突。香港科学技術大二年生の周梓楽さんが催涙弾から逃れようとして駐車場から転落。4日後の2019年11月8日没。
2019年11月11日
香港北東部・西湾河(サイワンホー)の交差点で交通警察官がデモ参加者2人に対し実弾を至近距離から発砲。2人は上半身を撃たれ重体。
2019年11月12日
香港中文大学にてデモ隊が籠城。警察とデモ隊との間で激しい衝突が起きる。
2019年11月13日
香港中文大学に籠城していたデモ隊が香港理工大学へと移動し1,000人以上の規模で籠城を開始。
2019年11月18日
「香港画」の撮影前に前田Pが香港現地入り。香港理工大学のデモ隊を救うべく数万単位の市民がバケツリレーで前線へと物資を運ぶ。
2019年11月19日
堀井監督、香港現地入り。「香港画」の撮影がスタート。
2019年11月20日
米参議院、『香港人権・民主主義法案』を全会一致で可決
2019年11月24日
区議会選挙投票日。投票率は71%と香港の中国返還以来で最高記録。民主派が議席の約8割を超える388議席を獲得して勝利した。
2019年11月27日
香港人権・民主主義法案にトランプ大統領が署名し、同法が成立。
2019年12月1日
九龍半島で区議会選挙後初の大規模デモ、市民約70万人が参加。警察によって催涙弾が撃たれ現場は混乱に陥った。
2019年12月8日
世界人権デーに合わせて香港島で大規模デモ。市民約80万人が参加。
2019年12月19日
警察がデモ支援団体「星火同盟」が集めた7千万香港ドル(約9億8千万円)を凍結。HSBC銀行は「星火同盟」が使用していた口座を閉鎖。
2019年12月24日
尖沙咀(チムサッチョイ)と旺角(モンコック)において大規模なデモと衝突。一部のデモ隊が旺角のHSBC銀行を襲撃。
2019年12月31日
九龍半島の尖沙咀(チムサッチョイ)から旺角(モンコック)にかけて大規模な衝突。
2020年1月1日
香港島で大規模なデモが行われ、約100万人の市民が参加。警察が催涙弾を民衆に向けて発砲。放水車も出動。400人近くが逮捕された。
2020年1月2日
「香港画」撮影終了
2020年1月11日
台湾の総統選挙で一国二制度による統一を拒否する立場を打ち出している民主進歩党の蔡英文が再選を果たす。
2020年1月25日
新型コロナウイルスの影響で民主派団体は大型デモの一時休止を発表。以降ネット上やショッピングモール内での小規模デモへとシフト。
2020年2月25日
林鄭 月娥(キャリー・ラム)香港行政長官の支持率が1桁まで落ちる。
2020年2月28日
香港警察は昨年8月31日に行われた無許可の大規模デモなど違法な集会に参加した容疑で蘋果日報創業者の黎智英ら複数の民主派を逮捕
2020年3月27日
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、香港政府は公共の場所で5人以上が集まることを禁止。これにより事実上、抗議集会やデモは不可に。
2020年4月18日
香港当局は違法なデモに参加した容疑で民主派の有力者を一斉に逮捕。
2020年5月22日
中国全国人民代表大会において中国本土の法律である「国家安全法」の香港への適応が審議される。
2020年5月24日
新型コロナウイルスの感染拡大以降では最大規模となる「国家安全法」への抗議活動が行われ、数千人が参加。180人以上が逮捕される。
2020年5月27日
市民数千人が「国家安全法」や「国歌条例案」に抗議するデモ。参加者360人以上が逮捕される。
2020年5月28日
中国全国人民代表大会は、香港に対して「国家安全法」を導入する方針を圧倒的賛成多数で採択。
2020年6月30日
「香港国家安全維持法」は香港時間の23時に施行され、返還時に約束されていた50年間の1国2制度は事実上この日崩壊した。
2020年7月1日
香港返還から23年目。大勢の市民がデモを行うが、警察が強制排除。370人が逮捕。「香港国家安全維持法」が初めて適用された。
2020年8月5日
西九龍裁判所は、「警察本部を包囲するデモに参加し、デモ参加者を扇動した罪」で民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏に有罪判決。
2020年8月10日
香港の民主派メディア蘋果日報(アップルデイリー)創業者、黎智英(ジミー・ライ)氏、民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏や、10人が香港国家安全維持法に違反した疑いで逮捕。
ケン何嘉軒
21歳。香港海怡半島(サウスホライゾン)出身(黄之鋒と地元が同じ)。
高校卒業後、2018年に来日。現在日本の大学に留学中。大学では観光経営学を専攻。2019年。日本で暮らしている最中、香港で逃亡犯条例改正案をきっかけとした香港民主化デモが起きる。日々悪化する香港情勢を目の当たりにして故郷である香港の民主化の実現を日本から働きかけることを決意。その後、香港民主化を訴える在日香港人からなる団体、“Stand with HK@JPN”に加わる。本作品では2019年11月24日に行われた香港区議会議員選挙に投票するため一時帰国し、今回初めて香港現地での民主化デモに参加した。
ウィリアムウィリアム・リー
26歳。香港将軍澳(ショウグンオウ)出身。2018年4月に来日。現在は日本に在住。通訳者として勤務。
来日前は2014年に香港で行われた雨傘運動にも参加。2019年7月21日に香港の元朗(ユンロン)駅で白服のヤクザ集団がデモ帰りの市民を無差別に襲撃し、警察がこれを放置するという事件(通称721事件)に衝撃を受け、香港の現実を日本からも発信することを決意。その後香港民主化を訴える在日香港人からなる団体、“Stand with HK@JPN”に加わる。
デモの現場へと移動している時に警察の催涙弾に巻き込まれ、混乱の最中、警察に”公務執行妨害”と”凶器所持罪”を理由に逮捕された。現在は保釈中。本作品では香港警察に保釈延長申請すべく、香港に一時帰国している。2020年国安法制定後も香港民主化運動を日本で行っており、2020年9月24日国連人権理事会にて中国が世界人権宣言に違反しているとの声明を国際社会に向け訴えた。
サム・イップ葉錦龍
33歳。香港西営盤(サイインプン)出身。香港の民主自決派活動家。現中西区議会議員。
日本のアニメが好きで独学で日本語を勉強し、その後日本に渡り日系企業に就職。通訳、翻訳関連の業務に携わる。2007年、クイーンズピア(皇后埠頭)解体反対運動をきっかけに社会運動に興味を持ち、2014年に起きた雨傘運動では金鐘地区のリーダーを務め、その後雨傘運動で出会った人々と香港の民主自決を目指す政治団体、西環飛躍動力(IWDM)を結成。
2015年の区議会選挙に出馬するが落選。2019年に香港民主化デモ勃発後、2019年11月24日に行われる中西区の区議会選挙に出馬する事を決意。その最中2019年9月1日に逮捕される。区議会選挙では3073票を獲得し中西区区議会議員に当選した。2020年5月25日、国安法制定に対する反対デモに参加中に逮捕され頭部や手足に打撲や傷を受け入院。48時間の拘留の末、釈放された。
ジョー
15歳。中学生。武勇派(実力行使を伴うデモ)。
友人たちと武勇派としてデモに参加している。警察のことはグリーンオブジェクト(緑の物体)と称し、憎んでいる。他一切の情報は不明。現在の消息も不明。旺角でのデモの取材中に出会う。本作品においてジョー達は交通妨害を引き起こして、政府に圧力をかけようとしている。
ナーヘイNgaaHei
ミュージシャン。
数百人単位の警察の包囲網が敷かれた香港理工大学付近を取材中、偶然出会う。本作品において彼らは包囲網から僅か50m近くの場所で演奏を行っていた。ナーヘイは音楽好きの友人たち同士で2019年4月に結成。主にコンテストや路上ライブをメインに活動している。ジャンルを絞らないのは型にとらわれないずに沢山の音楽に触れる旅を続けたいから。ちなみにナーヘイは広東語で陶器の意。陶器も音楽もどんな見た目であれ、本当に大事なものは中身だという思いから。
ホー
24歳。デモ当初は前線に出ていたが、2019年7月に逮捕されそうになって以降は、前線から身を引いた。今も現地のデモ活動に参加している。日本人の彼女と遠距離恋愛中。SNSを通じ世界中に香港の情報を発信している。
キャシー・ヤウ邱汶珊
36歳。灣仔(ワンチャイ)区議会議員。元警察官。
2003年7月1日、香港市民が50万人が参加した「国家安全条例」に対する反対デモをきっかけに学生時代は香港民主化活動に携わる。大学卒業後は警察官として採用され、11年間勤務する。警察時代は主にパトロールや事務処理等を担当していた。
2019年6月、逃亡犯条例改正案に対する大規模デモが発生してからは、警察の度重なる過剰暴力を目の当たりにし、更に内部調査を行わず過剰暴力を正当化する警察の体質に疑問を懐き2019年7月に警察を辞職。その後、警察内部を知る人物として地域社会に貢献すべく、地元湾仔の民主派政治団体、灣仔起步(キックスタートワンチャイ)に加わり、2019年11月24日に行われた灣仔(ワンチャイ)区の区議会選挙に出馬。その後同選挙区の親中派議員を1918票で下し、灣仔(ワンチャイ)区議会議員に当選した。
堀井 威久麿 監督 インタビュー
なぜそこまでして戦うのか?この現実を同時代を生きる日本の若者に伝えたい
堀井 威久麿ほりい いくま
1981年生まれ山梨県出身。
学生時代には工学を専攻するも独学で映像を学ぶ。映像ディレクター・カメラマンとしての活動を始め、CM、PV、ドラマ映画など多ジャンルの映像を手がける。ライフワークとして社会問題から旅、風景を題材に現在までに世界80か国で映像を撮影している。作品は米国やヨーロッパ、アジアの映画祭に招待され様々な評価を得ている。今回が初めての劇場用ドキュメンタリー映画作品となる。
偶然出会ったデモ隊の若者たちの覚悟
従順で平和な日常を過ごしてきた自分たちの世代とのギャップ
Q:本作を撮影するきっかけはどういったものでしたでしょうか?
きっかけは2019年秋。別件の仕事で香港に滞在した際、偶然にも香港の中心街、九龍にあるネイザンロードで、バリケードを作るデモ隊と遭遇したことでした。混乱の中、半ば巻き込まれる形で興味本位から彼らの後についていくにつれ、大学生、高校生や下は中学生と皆年齢が一様に若年層だったことと、勇武派(戦闘部隊)に女子も多く含めれていたことに驚かされました。可能性ある将来を台無しにするかもしれないリスクを取り、水蒸気で霞んだガスマスク越しに、人生をかける覚悟が、その幼い表情から伝わってきました。
なぜそこまでして、戦うのか?当時の私には理解が及びませんでした。しかし催涙ガスの飛び交う中、警察や巨大な権力と戦う若者の姿に動揺するととともに、とても心を動かされている自分がいました。また指揮をとる代表者がいないにも関わらず、数千人のデモ隊がSNSを駆使し、いっせいに走り出し、警察を煙に巻く。その統制のとれた戦略は感動的でさえありました。

そもそも私は香港の政治問題に強い興味を持っていたわけでは有りませんでした。しかしなぜ映画撮影に踏み切ったのかを思い出すと、原因は自分の内面にあるような気がします。自分が日本に生まれてこのかた、社会や権力に対し、概ね従順で平和な日常を過ごしてきた世代だという、負い目のような認識がありました。ですので反抗する彼らの姿との落差に、余計に心を掴まれたのかもしれません。
この現実を同時代を生きる日本の若者に伝えたいという思いと、リスクを考え躊躇していた私に、本作プロデューサーでもある前田穂高が背中を押してくれたことも加わり、プロジェクトが急遽スタートしました。
「わらしべ長者」のように、人を介して繋がっていった撮影
不規則にいつ、どこで起こるかわからないデモをどのように捉えるか
Q:短い撮影期間の中で様々な人にインタビューをされていますが、どのように出会っていったのでしょうか?
数珠つなぎに紹介をくりかえず形で、出演者を見つけていきました。童話の「わらしべ長者」を思い描いていただけるとイメージが近いかもしれません。まず自分たちにとり以前の香港は無縁の場所で、知人やツテなども全くない状態で、正直映像作品を作れるかどうか、不安な要素がたくさんありました。また撮影を決意してから香港入りするまで、1ヶ月弱という短期間で準備を進めなければなりませんでした。
そこでまず日本で活動する在日香港人が主体となる民主派の団体にお会いし、協力を仰いだところ私たちの撮影日程と同じ期間で、帰国する香港人の若者(本作出演のケン、ウイリアム)を紹介いただき、その二人の存在が、香港への最初の足がかりになました。また撮影当時の2019年11月24日には香港区議会選挙が予定されており、帰国する在日香港人がたくさんいるという状態でしたので、日本語話者の協力体勢という意味でも、撮影にはプラスに働いた部分もあるともいます。

そして現地入りしてからは、デモ現場で偶然出会った若者を撮影したり、街中のレストランで食事していた時、たまたま隣り合わせた民主派の香港人に通訳として仲間になって頂いたりと、計画を立てず流動的に撮影をしていました。全体の8割は計画的ではなく偶然と巡り合わせで撮影させて頂いた方々です。撮影が考えていたよりスムーズにいった点としては、香港には親日家、日本語話者が多いのと、人間関係の共助が発達していて、密接だからこそ、このようなスタイルでも出演者を見つけることができたのだと思います。
Q:デモ隊と警察が衝突するところ等、大変な状況の中での場面が多いですね。撮影で苦労した点はどういったところでしょうか?
撮影で苦労した点は主に2つあり、「警察暴力の過激化」と「デモの不規則性」です。まず撮影を困難にしていたのは、デモ自体が非常に流動的で、「いつ」、「どこで」、「何が」起きるのかという予測が全く出来ないことです。
2019年度から始まった香港デモは「兄弟爬山 各自努力(各自の努力で山に登ろう)」というスローガンにもありますが、若者達は中央集権的なシステムで動いているわけでは無く、中心的代表者の存在しない運動だと言われています。これは代表者の逮捕により、運動の収束を防止する意味もあります。各個人が自分で考えSNSを駆使して仲間を集め、ゲリラ戦法で戦うスタイルを採用してました。ですので今日起きることを、主体となっている若者達も完全にはわかってはいません。
デモのスローガン「be water(水になれ)」
現場や自然の流れに合わせ、撮影も流動的に変化させていく
私たちはテレグラムと言う匿名性の高いSNSの中で行われる、暗号的な広東語で交わされる、デモ隊の会話を毎日チェックして、その漢字のもつ意味からデモの行われる場所や、内容を想像して撮影に出かけていました。ですので現地に到着しても何も起きなかったことや、情報そのものがガサネタだったことも、また警察側のおとり捜査のような時もありました。テレグラムの内容は香港特有の表現、方言、隠語が多く含まれ、中国語話者でも理解するのは難しいと言われていて、私たち外国人にとっては超絶難解な暗号を解読するゲームのようでもあり、逆に楽しくもありました。
現場で出会った青年が言っていた言葉が思い出されます。「俺たちの戦法は be water(水になれ)だ。」これは現在のデモのスローガンの一つでもあり、香港の英雄ブルース・リーの言葉です。各人が水のように形を変え、自由な存在であれと言う哲学です。私が高校生の頃に憧れたスターに時空を超え、再会することになるとは夢にも思っていませんでした。「郷に入れば郷に従え」ということわざにもありますが、我々も、コントロール出来ない事に一喜一憂するのでは無く、現場や自然の流れに合わせ、自らの撮影スタイルやスケジュールを流動的に変化させていく。そんな方法論での撮影にシフトしていきました。
メディアへの締め付けも過激化していった警察の対応
身を持って感じた催涙ガス、ペッパースプレーのダメージ
また、デモ隊を取り締まる警官にとって、リアルタイムで世界中に映像を発信している、メディアは目障りで、鬱陶しい存在です。現場が可視化されることで、暴力装置としての警察の力は半減するからです。ですので我々が撮影に入った2019年11月には、撮影者に対する警察の締め付けも過激化し始めていると感じました。現場において私は至近距離から顔面に催涙成分の入ったペッパースプレーの直撃を受けて、痛みに苦しんだこともありましたし、二度ほど路上で身体拘束を受けています。
またプロデューサーの前田は放水車の直撃を受け、負傷しました。放水は水圧で吹き飛ばされる事も危険ですが、催涙成分が混入にており、浴びると全身に強い痛みを感じます。その場でボランティアの救急隊に簡易的に治療していただき、事なきを得ましたが、その後シャワーで体を洗っても肌の赤み、腫れは収まらなかったようで、大変苦労しました。
激しいデモと隣り合わせにある何気ない香港の日常
とてつもないスピード感で移りゆく街の姿
Q:出会いがしらに始まった撮影だったかと思いますが、その過程で発見したことはありますでしょうか?
香港という都市はその清濁入り混じった、情景に相応しく、非常に多彩な側面を持つということを発見しました。また街の変化のスピードがとてつもなく速かったのが印象的です。例えばメインロードで衝突が起き、数千人のデモ隊と、警察が対峙し、催涙弾が飛び交う混乱の中でも、一歩裏路地に入ると、地元のおじさん、おばさん達が何事もなかったようにのんびりとお茶をしたり、新聞を読んでいたりする、牧歌的な香港の光景がありました。
我々異邦人からすれば、その時起きていることはとてつもない事態なのですが、デモが半年以上続き非日常が常態化して、日常になってしまった。そんな超自然状態の混沌がこの街で続いている。そんな印象を受けました。よく現場でプロデューサーの前田と香港は大友克洋の「AKIRA」の終末的な世界観そのものだと話していました。

街の変化のスピード感がとてつもなく速かったのも印象的でした。大規模なデモが起きると、親中国派の企業や道路標識、バス停、地下鉄駅などが破壊されますが、翌日の朝には多くの会社や路線は簡易的な修復をすませ、営業を再開していました。本作後半に香港上海銀行HSBCが破壊されるシーンがありますが、デモ隊が去った1時間後(深夜)にはまだ火炎瓶の煙が漂う中、すでに修復工事の作業員が現場に到着して、作業を開始していました。また香港では中国資本の牛丼の吉野家やスターバックスなどは勇武派のターゲットにされていたので、銃弾でも貫通できないような強固な装甲板で補強されていて、デモ隊が近づくと入口が閉ざされ完全に要塞化していました。良くも悪くも香港人の底知れぬパワーを感じた瞬間でもありました。
「香港画(ほんこんが)」/Hong Kongers(ホンコンガー ※香港人の意)/壁画のような映画を
21世紀のこれから、どこにでも起こるであろう未来を感じ取ってほしい
Q:28分という尺にまとめた経緯、映画の狙いを教えてください。
「香港画」とう言うタイトルは英語で香港人を発音する「Hong Kongers(ホンコンガー)」と発音をかけている部分もありますが、もう一つは壁画のようなイメージの映画にしたいと言う意味合いがあります。
一般的に大衆に見られることを前提とした壁画には、時間と空間が圧縮され、一枚の絵の中にあらゆる物語や情報が、わかりやすく平易に描かれています。「香港画」では1ヶ月半の撮影期間を24時間(1日)の出来事にに再構成してあり、「時間と空間の圧縮」という作為が全体的になされています。本作は報道のような出来事の正確性を追求したり、経緯や歴史を描く事よりも、香港という都市空間で起きている現象そのものを俯瞰することと、抗議を行う若者達の感情を描くこと。この二点のみを一番に重視しています。
そのため通常のドキュメンタリーであれば描かれるべき情報(デモの経緯や歴史など)を大胆に削ぎ落としています。結果28分という尺がベストではないかという選択に至りました。「香港画」の全体コンセプトには20世紀初頭に画家ディエゴ・リベラ(フリーダ・カーロの夫)らを中心にしてムーブメントになったメキシコ壁画運動(虐げられた先住民の解放とアイデンティティーの確立)の影響があります。
Q:最後に、完成した作品をどのように観てもらいたいですか?
私には香港で起きている政治問題に対して善悪や白黒を付けたいという思いはありません。映画が社会を分断させる装置になってはいけないと考えているからです。しかしながら香港で現在起きていることは、私たち日本人にも無縁では無く、他人事ではない問題だと思っています。それは日々過激化する言論統制と、警察による暴力を香港で肌感覚で感じたことで、現在の中国の政治体制が21世紀を通じ覇権を拡大する中で、今回と類似した構造を持つ衝突を、東アジア全域で繰り返していくであろう未来を想像したからです。
観てくださる観客の方々には、香港問題は未だ形を変え、継続している事。そして、同時代の東アジアに生きる若者が、何を考え、生きて、戦っているのか?シンプルに感じ取っていただけたら幸いだと思っています。
催涙弾は煙幕だ。抗議活動参加者を攻撃するだけでなく、レンズを通して香港を俯瞰する世界のメディアの目からも、彼らの姿を見えなくしてしまう。『香港画』は、香港の若者たちを上から撮らない。ここでは煙は正面から来る。命がけで記録された映像によって、煙の下で起きていた一人一人の感情の激しい波動が可視化される。百万人、二百万人といった数字には収斂しえない人々の感情が、インタビューと映像によって明かされている。
倉田徹
立教大学法学部教授
社会運動はきれいごとばかりではない。若い人たちはもがき、ぶつかり、失敗しては這い上がり、前を向こうとしている。周りからつくられたイメージと、自分のありたい姿のギャップに悩むこともあるだろう。もがいている若い人たちを前に、大人たちは何をしているのか。どうして彼らがもがいているのか、少しでも理解しようとしているのか。彼らの声を聞こうとしているのか。若い人たちが苦しむのは、大人が思考を停止しているからではないのか。
阿古智子
東京大学総合文化研究所教授
ヒトは様々な欲望に突き動かされて生きている。その中で最大なものは自由を求める欲望である。香港では、その自由が今、危機に晒されている。ホントは日本でも自由が圧殺されているはずだ。香港では自由を圧殺しようとする権力に対して多くの若者たちが警察の暴力に果敢に挑み傷つき血を流している。日本では、自由を求めて誰が血を流すのか?と祈りながら撮影している製作者の気持ちが映像を通して痛いほど伝わってくる。
原一男
映画監督
2020年に観た映画の中で、もっとも“カメラ”の力を感じたのが本作でした。“インディペンデント映画”の底力を感じたのも本作でした。身近かで内向きなテーマが年々増えている日本映画の中で、渦中の香港へ飛び込んだ『香港画』は頭がいくつも抜けています。しかも、ただ無防備に飛び込んだというだけでなく、各地で撮影された映像の力も圧倒的で引き込まれました。この映画が今の日本で劇場公開されるのを、心から応援しています。
入江悠
映画監督
最初のワンカット目から緊張感が走り、
5分も経たないうちから涙が止まりませんでした。
堀井監督の映像は鋭く美しく一層理不尽な事実が胸に迫りました。
根岸季衣
女優
冒頭から劇映画と見紛う計算された構図、繊細な映像美に圧倒されるが、映し出されているのは凄惨な「現実」だ。偶然、目の当たりにしたその光景を撮らずにはいられなかった堀井監督の衝動が全編にほとばしっている。奇跡的かつ必然的に完成した歴史に残る、残さないといけない「2019 年・香港」の記録。この魂の28分を、是非劇場で体感していただきたい。
佐々木誠
映像ディレクター/映画監督
香港の若者たちは、なぜ戦っているのだろう? 何と戦っているのだろう? 「香港の民主主義を守るため」と彼らは言う。戦う相手は、香港警察や香港政府。だが、本当にそれだけだろうか。彼らがひたむきに戦うことは、”正しい”ことなのか。28分間の映像の終盤には、デモ参加者の美しくない姿も映し出される。いくつもの”許容範囲”を飲み込みながら駆け抜けた2019年の香港デモ。その張り詰めた空気感が伝わる、画集のような作品だ。
西谷格
フリーライター